そこはまるで本の壁に囲まれた居心地の良い牢獄のようであった。

――森見登美彦 『きつねのはなし』(「果実の中の龍」より)


森見登美彦の『きつねのはなし』で選んだ場所は南禅寺の疏水閣でした。
表題作になっている「きつねのはなし」以外は全て書き下ろしで、話もリンクしているようで繋がり切らない不思議で不気味なお話ばかり。
どうも森見作品としては異色な作品の一つのようです。

外国を旅した時のことや、骨董を買いあさる米国人のこと、読書家の菓子屋など、断片的に聞いたにすぎないけれども、興味をひかれた。先輩はそういった自分の経験を物語風に語ることに長けていた。

大学に入ったばかりの頃というのは、たった数年だけ先をゆく人間がやけに経験豊富な大人に見えるのだけれども、先輩はとりわけ強い印象を私に与えた。


語り手の「私」は大学生。
とある研究会に所属しており、その研究会の先輩が、色々な想い出話や経験談を聞くたびに自分という存在がちっぽけでつまらない人間だと思いつつ、憧れに近い感情を抱いていた。
残暑が薄らいだ秋口、紫陽書院という古書店で先輩を見かけた私は声をかけ、そこから先輩との交友が始まります。
私は一乗寺にある古いアパートに住んでいる先輩の部屋を度々訪ね、本を読んだり、先輩の物語に耳を傾けたりするんですが、ここで語られる先輩の話が、他の作品「きつねのはなし」に出てくる骨董屋でのバイト話だったり、「魔」に出てくるケモノのエピソードが登場したり、「水神」に出てくる書物が出てきたりして作品に奇妙なつながりが生まれています。
でも、ぶっちゃけちゃうと先輩の語る経験談は妄想の産物で、シルクロードを旅したこともなければ、古本屋や骨董屋で働いたこともないということを私は先輩の彼女・瑞穂さんから打ち明けられます。

「ごめんなさい」
「なんで謝るんです。瑞穂さんが嘘をついてたわけじゃないでしょう」
「そうじゃなくて、彼の嘘をばらしたことを謝ってるの」
「僕はそんなこと気にしないな」
私は少し考えてから付け加えた。
「本当でも嘘でも、かまわない。そんなことはどうでもいいことだ」

男ってこういう時、よく分からない共鳴というのでしょうか、共倒れに近いような一体感を生じさせますよね……瑞穂さんは結局、先輩とは別れ、京都から東京の地に旅立ちます。
それに対して、私は先輩の嘘を知った後も「じゃあ嘘をつけばいいじゃないですか」と言い、嘘の続きを聞く気があるのか尋ねる先輩に「もちろん」と答えていたりします。

先輩は自分の手で何もかもを作り出せると信じたに違いない。そして下宿へ立て籠もり、輝く京都の街の灯と、その明かりの届かない暗がりに思いを馳せ、見え隠れする神秘の糸を辿った。自分の作りだしたものたちに幻惑され、謎めいた世界を垣間見た。そうやって先輩の辿った道もまた、この街の中枢にある暗くて神秘的な地点へと通じる道なのだと私は思う。
先輩は自分が空っぽのつまらない人間だと語った。
しかし先輩が姿を消してこの方、私は彼ほど語るにあたいする人間に一人も出会わない。

とあり、先輩を全肯定ですね。男って(謎)
しかし、先輩も最初から嘘を語る人間だったわけではありませんでした。
逆に人としゃべろうとするとすぐ言葉に詰まって、自分の言葉が嘘くさく白々しい耐えがたいものと感じていたようなのです。そんな彼が変わるきっかけになったのが桜の咲く季節、蹴上のインクラインから南禅寺へと散歩をした後、南禅寺付近で入った喫茶店に置き忘れになっていたノート「シルクロードの旅日記」を手に取った瞬間でした。
夢中になって読みふけり、何度も読み返し、嘘をしたためるようになるのです。
先輩は最後の嘘を話し終えた数日後、自伝の黒革のノートと龍の絵が描かれた根付を残し私の前から姿を消し、二度と出会うことがなくなります。
私は先輩を追うかのように琵琶湖疏水閣の方へ足を運び、路面に散りしかれた桜の花を眺めながら煙草を吸います。
狂い始めの場所であり、別れの場所でもある南禅寺から疏水閣の道を桜の季節ではありませんがぶらぶらと歩いてみると、少しは妄想に取りつかれた彼らの心理も見えてくるかもしれません。


と、いうことで、森見登美彦『きつねのはなし』。
3人で南禅寺の疏水閣周辺をうろうろしたりだらだらしたり…しかし、広かったですね!
南禅寺……双児宮に迷いこんだかと思いました;;
このときちょうど天気が持ちなおしてきたのですが、同時に気温も堂々と上昇しはじめて、ヒジョーに蒸し暑く、そのせいか、あんまり妄想に取りつかれた『きつねのはなし』の彼らの心理もあんまりよく解らなかったです。
ってゆーか、私ら女子だしなあ。やむをえまいだよ……と話しながら歩いていくと、進行方向に自転車押して、荷台になにかをたくさん積んだ初老のおじさんが。
私たち3人に羊のように微笑みかけ、

「石に絵を描いたん、見んか?」

と、たずねるのでした。
しかし3人とも悲しいことに無邪気にそれに喜んで駆けよることのできる年齢はとっくにすぎていたのでした。
怪しいうさんくさい売りつけられるんじゃねーの暑いかき氷食べたい、ってゆーかおまえ誰やねんなどなどの感情が一瞬にして全員の頭をかけめぐり、そして次の瞬間、全員回避コマンドを選択しました。
回避方法としては円はとりあえず半笑い。キョーコも同じく半笑い。
そしてかめのは、




と、絶対零度で撃退しました。
その後、何かいいたげなおじさんを残して、足早に戦線離脱しました。

「石はって、ひどいんじゃ……」(byキョーコ)

しかし、かめのは自分がなにをいったのか、記憶していなかったのでした。

「いや、だって、なんか売りつけられると思って、あせって……」(byかめの)